え」
「へッ、精霊船《しょうろぶね》か」
「もそっと悪りいやい、あの船印を見ろ」
あからひく朝日がのぼりかけ、むこうの船の大帆がパッと紅《くれない》に染まる。むきの加減で矢帆に隠れて見えなかったが、こんどはまっこうに見える。……艫の一番かんぬきのところに立っている白黒二両引《しろくろにりょうびき》の大吹流《おおふきなが》し。――遠島船の船印だ。
「やア、遠島船だ」
「畜生、縁起でもねえ」
「寄るんじゃねえ、寄るんじゃねえ」
「平吉めら、どこに眼のくり玉をくっつけていやがる。あの船印が見えなかったのか」
「そういう手前らだって……」
「やい、船をまわせ」
「返すんだ、返すんだ」
今まではずんでいたのが、急に気を悪くしてあわてて舳をまわす。
鰹船の禁物《きんもつ》は第一は遠島船。第二が讃岐《さぬき》の藍玉船《あいだまぶね》。遠島船にあうと鰹の群来《くき》が沖へ流れるといって、たいへんに嫌う。藍のほうはむかしから魚には禁物。魚にあたったら染藍《そめあい》を煎《せん》じて飲めというくらいのもの。このふたつは精霊船よりも恐い。
むさんに櫓を切って船を返そうとすると、船頭の喜三次《きさんじ
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