大黒様にはなん匹いる」
「なるほど、こりゃアけぶだ。……俵のうしろから鼻のさきを出しているのがある。……ひい、ふう、みい、よ……みんなで、四匹おります」
 ひょろ松は、眼をかがやかして、
「こりゃア、どういう洒落なんです。これが、今度のいきさつに、なにかひっかかりがありますんでしょうか」
 聞えたのか聞えぬのか、顎十郎、なんの返事もしない。長い顎をふって、あちこちと河岸っぷちの景色を眺めながら、ぶらりぶらりと歩いてゆく。
 蠣殻町《かきがらちょう》の浅野の屋敷のまえを通り、川っぷちをつたいながら弥太堀の近くまで行くと、蔵屋敷《くらやしき》のならびの大黒堂の横手に、五十ばかりの汚い布子を着た雪駄《せった》直しが、薄い秋の日だまりのなかでせっせと雪駄をつくろっている。
 ひょろ松は、それに眼をつけると、肘《ひじ》でそっと顎十郎をついて、
「阿古十郎さん、あれが藤波ですぜ」
 と、ささやく。
 顎十郎は、ほほう、とうなずきながら、さりげない様子でお堂の右ひだりを眺めると、なるほど、いる、いる。
 花売りにかったいぼう、手相見もいれば、飴屋もいる。そうかと思うと、子供づれで、参詣の善男子《ぜんなんし》に化けこんでいるのもある。人数にしておよそ三十人ばかり、参詣の人波にまぎれながら、四方からヒシヒシとお堂をとりつめている。
 顎十郎は、ああん、と口をあいて、大がかりな捕物を見物していたが、やがて、ひょろ松のほうへ長い顎をふりむけると、
「おい、ひょろ松、このぶんじゃ、どうやら、こっちの勝だぜ」
 と、のんびりと言って、
「これだけ見りゃもう充分だ。……じゃ、そろそろひっかえすとするか」

   子《ね》の日

 弥太堀の大黒堂をあとにすると、顎十郎は、油町《あぶらちょう》から右へ折れ、ずんずん薬研堀《やげんぼり》のほうへ歩いてゆく。
 ひょろ松は、気にして、
「阿古十郎さん、これじゃア、道がちがやアしませんか」
 といったが、てんで耳もかさず、矢《や》ノ倉《くら》から毛利《もうり》の屋敷のほうへ曲り、横丁をまわりくねりしたすえ、浜町《はまちょう》二丁目の河岸っぷちに近いところへ出た。
 見ると、大黒堂と堀ひとつへだてた向い岸。橋ひとつ渡ればすむところを、小半刻も大まわりをしてやって来たわけである。
 ひょろ松はあっけにとられて、
「こりゃア、おどろいた。……ここは、弥太堀じゃ
前へ 次へ
全12ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング