は夢にも知らず、非人の餓鬼のそうざらいをしていたなんぞは、実にどうも迂濶な話。こりゃアどうもお恥ずかしい」
 顎十郎は手でおさえ、
「まあまあ、そう悄気《しょげ》られるにはおよばない。手前にしてからが、ただもうほんの思いつき。偶然そんな話を知っていたというだけの功名。大して自慢にもなりゃアしません。……そりゃアそうと、例の土手の斬りかけの件、あなたもひどい目にあったそうだが……」
「まったくありゃあ凄かった。びっくり敗亡《はいぼう》して、見得もはりもなく逃げだしました」
「手前もその通り、てんで、地面に足がついたとも思われませんでしたのさ。……ところで、藤波さん、あの物凄い剣気のぬしは、死んだと思われていた土井鉄之助だったのですぜ」
「えッ」
「ところで、まだ驚くことがある。土井鉄之助こそは、乞食の子の実の親。産土まいりの帰りみち、ちょうどそこへ通りあわして、家老の志津之助へ自分の子供を売った当人」
「ほほう」
「本来なら土井鉄之助は、越前大野の四万一千石をつぐはずだったが、継母《ままはは》のために廃嫡《はいちゃく》され、いっそ気楽な世わたりをしようと、非人の境涯へ身を落したが、もとを
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