また堺屋の騒動。隠微夢中《いんびむちゅう》のなかから真相を摘抉《てきけつ》して、さながら掌のなかをさすごとき明察御理解。……実は、そのお力によって主家一期の危難をおすくいねがいたいと存じ……」
 というと、田舎くさく真四角になり、
「手前姓名の儀は、さきほど名札をもって申しあげました通り、岩田平兵衛……。関東のさる藩の禄をはむものでございますが、……卒爾ながら、手前主人の名の儀は……」
「ははあ」
「なにとぞ、御容赦くださるよう」
 きっと顔をあげ、必死な目つきで、
「お聞きすみ願われましょうか」
 顎十郎は、あっさりとうなずいて、
「いや、いかにも承知しました。……そういうことなら、関東とさえおっしゃることはいりませんでした。なあにおっしゃられなくともわかっています。……うかがうところどうやら下総《しもおさ》なまり。それに名札の紙が、古河《こが》で出来る粘土《ねんど》のはいった間似合紙《まにあいがみ》ということになると、あらためて武鑑をひっくりかえすまでのことはない。……下総の古河で実高十二万五千石。雁《かり》の間《ま》伺候《しこう》……」
 はッ、と見ぐるしいほどに顔色を変えるのに
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