るようなことはいたしますまい。藤波氏のお意見ではありますが、このかこい場に餌盗びとなどはこれなく、したがって水矢の、手突矢のということは、まったくいわれのないことと存じます」
このとき、はるか下座にひかえた下飼人の中で、わッと声をあげて泣き伏したものがある。顎十郎は、そんなことに頓着《とんじゃく》なく、いっそう声をはりあげ、
「そもそも、鶴は凡禽《ぼんきん》凡鳥ならず。一挙に千里の雲を凌《しの》いで日の下に鳴き、常に百尺の松梢《しょうしょう》に住んで世の塵《ちり》をうけぬ。泥中に潜《せん》してしかも瑞々《ずいずい》。濁りに染まぬ亀を屈《くつ》の極といたし、鶴を以て伸《しん》の極となす。……『古今註《こきんちゅう》』に、『鶴は千歳《せんざい》にして蒼《そう》となり、二千歳にして黒《こく》、即《すなわ》ち玄鶴《げんかく》なり。白鶴《はっかく》もまた同じ。死期を知れば、深山幽谷《しんざんゆうこく》にかくれて自《みずか》ら死す』とございます。……見うけるところ、『瑞陽』のお鶴は、白鶴。すでに二千年の歳をへ、上に齢をゆずって自ら死したるものに相違ございません」
「その証拠は?」
「その証拠は、
前へ
次へ
全31ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング