とはあがり方がちがう。……手前が小川町の凧八で買った凧は、ひどく高みへ飛びあがるが、金座の子供の凧は妙に下まわる。そういうちがいがある。……駈けあがらないのは金座の烏凧のくせなんで、それが、遠くからでもチャンと見わけがつくらしいんですな。……そこで、小川町の凧八へ行って聞いてみた。どうして金座の烏凧だけがあんなあがり方をするのだとね。……すると、凧八がいうには金座の子供にからす凧を売ったおぼえはありませんから、それはたぶん、金座のだれかが手づくりをしてやるんでしょうという返事です。……それから、暇にあかせて日本橋、京橋、神田とあらゆる凧屋を一軒のこらず聞いてまわりましたが、どの凧屋でも金座の子供に売っていない。……なにしろ、こんなふうに、少くとも日に三つや四つは切って持って行かれるんだから、ぜひあとの補充がいるわけ、ところが、いま言ったようにひとつも凧屋から出ていない。すると、これは凧八がいう通り金座に器用なやつがいて、切られるたびに子供らに新しい凧をつくってやっているのだと思うほかはない。……調べてみると、それが、それ、石井宇蔵という金蔵方」
「……なるほど」
「ところで、問題は、金座の凧が妙にはねあがらないということ。……これは、いったいどうしたというもんでしょうね」
「なにか、釣のぐあいでも……」
「釣もそうでしょうが、手前は、それを、普通のからす凧より重いためだと睨んだ」
 藤波は引きとって、
「大ぶりな鳶凧と闘わせるためには、いささか、こちらの凧を重くしておかなくてはなるまい」
 顎十郎はうなずいて、
「そうそう、手前も最初はそう思った。それはわかったが、そんならば手前の軽い凧へとっかかって来なければならないはず。ところが、かならず手前の凧を避けて行く。どう考えても、金座の凧しか欲しくないのだと見える」
 またしても、ニヤリと笑って、
「このへんが、なかなか微妙でね、チョイと頭をひねりましたが、しかし、すぐ解決した。なにもかも、この凧合戦のアヤをすっかり見ぬいてしまったんです」
 ペロンと舌を出して、下唇に湿《しめし》をくれると、
「……もともと、手前は、石船の衝突は、まともな事件だとは思っていない。……あれは、川なかですりかえたと思わせるための見せかけで、あのときは、なんの事件もなかったものと睨んでいる。……なぜかと言いますとね、どんな器用なことをしても
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