手を突っこんで灰の中から光るものをつまみあげ、
「お、こりゃア、銀簪《ぎんかん》!……角菱《すみびし》と三蓋松を抱きあわせた比翼紋《ひよくもん》がついております」
「ちょっと詮索すりゃア、すぐ持ちぬしが知れる品。……どうしたって、このままに放ってはおけまい」
「なるほど、千賀春は鬘下地《かつらしたじ》。……こりゃア、千賀春のものじゃありません……それに、こうして脚をしごいて見ると、指にべっとりと髪油がつく。たしかにきのう今日のもの。……すりゃア、こりゃアお言葉どおり、たしかに来ます」
やや遠い露路口で、かすかに溝板《どぶいた》がきしる音がする。
二人は目を見あわせると、銀簪をもとの通り灰の中へ投げいれ、行灯を吹きけして勝手へはいり、障子のかげで息を殺す。
軽い足音は、忍び忍び格子戸の前まで近づいて来て、しばらくそこで躊躇《ためら》うようすだったが、やがて五分きざみに格子戸をひきあけて踏石へにじりあがり、手さぐりでそろそろと部屋へ入って来て行灯に火をつけた。
障子の破れ目から覗いて見ると、年のころ二十ばかりで、すこし淋しみのある面だちの、小柄な芸者。
くすんだ色の浜縮緬《はまちりめん》の座敷着に翁格子《おきなごうし》の帯をしめ、島田くずしに結いあげた頭を垂れて、行灯のそばに、じっとうつむいてすわっていたが、小さな溜息をひとつつくとすこしずつ長火鉢のほうへいざり寄って行って、火箸で灰の中をかきまわしはじめた。
その時、とつぜん、ガラリと間《あい》の襖があいて、ヌッと敷居ぎわに突っ立ったのが、藤波友衛。
「おい、小竜!……妙なとこで、妙なことをしてるじゃねえか。……夜ふけさふけに、いったいなにをしているんだ」
小竜と呼ばれたその芸者は、ハッと藤波のほうへ振りかえると、ズルズルと崩れて、畳に喰いついて身も世もないように泣き出した。
「顔にも似げない、ひでえことをするじゃアねえか。いくら、男を寝とられたからって、濡れ紙で口をふさぐたア、すこしひどすぎやしないか」
障子のこちらにいる顎十郎、なにがおかしいのか、高声でへらへらと笑い出した。
藤波は、急に眼じりを釣りあげてキッと障子のほうを睨みつけ、
「おお、そこにいるのは仙波だな、そんなところで笑っていないで、こっちへ出て来なさい。……ここまで追いつめたのは、素人の手のうちとしちゃ、まず上出来。……この勝負は相
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