、だまっていても、堺屋の身代は当然忠助のものになる。……どうです、これでおわかりになりましたろう」
顎十郎は顎をひねりひねり、うっそりと聞き入っていたが、急に無遠慮な声で笑い出し、
「叔父上、それから、ひょろ松も……、二人の口真似をするわけじゃねえが、なるほど、こりゃあ、すこしけぶですぜ」
庄兵衛は、たちまちいきり立って、
「なにが、どう、けぶなのだ」
「だって、そうじゃありませんか。それほどの悪企みをやってのける人間が、だれに言わせたって、かならず自分に疑いがかかるような、そんなとんまな真似をするはずがねえ。弟のひとりぐらいはちゃんと道連れにつけてやっているはずです。……それじゃ、まるで、手前がやりましたとふれて歩いているようなもんだ。こりゃあ、すこし、ひどすぎる」
「だから、それ、うまく虎列剌と胡麻化せると思って、大きに多寡をくくってやった仕事なのだわ」
ひょろ松は、それにつづいて、
「阿古十郎さん、あなたのおっしゃることは一応ごもっともですが、まだほかにいけないことがあるんです。……いったい、三人はその晩、蛤汁が出ると、忠助は妹娘のおさよと弟の市造に、このごろ虎列剌が流行《はや》っているから、蛤など喰うな、と独言のように三度もくりかえしたというのです。あまりしつっこく言うので二人は気がさして喰うのを差しひかえた。これは、給仕に出ていた女中のかねの口からわかったのですが、こんなはっきりした手証《てしょう》がある以上、こりゃア、のっぴきならねえと思うのですが」
顎十郎は、かぶりを振って、
「そう聞くと、いよいよいけねえの。……虎列剌の大流行《おおはやり》のさなかに蛤を喰うなどというのが、そもそも無茶なんだ。細心な男なら誰れだって一応はそのくらいの注意はする。然も、それは、なにも三人だけに限って言ったというわけではなかろう。一座している以上、ほかの三人の耳にも当然はいることだ。けちをつけようと思うなら、一座の中でそんな尻ぬけたことを口走りはしない。ひょッとすると、あとの三人にも怖《おじ》けづかして喰わせずにしまうかも知れねえじゃねえか。三人まで人を殺そうとたくらむ男のすることじゃない」
庄兵衛は癇癪を起して、
「よけいな詮索はいらぬわい。貴様はなにかつべこべいうが、当の忠助が、私がいたしました、私のしたことに相違ありませんと白状し、もう爪印までとってある」
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