十郎に教えられた通り、神田小川町の川勝屋へ行って、利右衛門が質入れした着物の衿をしらべて見ると、そこから細々としたためた本当の遺書が出てきた。
 事情は、こうだった。
 利右衛門が、まだ上総の御馬囲場でつまらぬ野馬役をしているとき、長崎屋市兵衛に五十両という金を借り、その抵当《かた》に妹のお小夜を長崎屋へ小間使につかわした。
 なにをするのか知らないが、馬の落毛を集めてくれというので、言われた通り、月に三度ずつ長崎屋へ送っていたが、その後、江戸へ出て来て何気《なにげ》なく探って見たところ、近在から誘拐した女たちに馬の落毛で呉絽を織らせているということがわかった。
 しかし、なんと言っても、いちどは恩になった長崎屋、みすみす自分の妹までが青坊主にされて尼寺の下で呉絽を織らされていることがわかっても、どうすることも出来ない。
 表立って訴人することは心が許さぬので、思い立って、馬の尻尾を切って歩き、江戸中に騒ぎを起させ、お上の手で千鳥ガ淵の織場を捜し出させたいとねがったが、奉行所より先に長崎屋の一味にその魂胆を見抜かれ、出るにも入るにも見張りがつき、その上、密訴でもしたら妹のお小夜の命を奪ってしまうと脅迫され、せっぱ詰まって、命に代えて妹だけを助ける気になり、手紙を衿に縫いこめて、安全な川勝屋に質に入れ、謎の辞世を残して腹を切ってしまったのだった。
 長崎屋は、金助町で、顎十郎たち三人の素振に気がつき、隣で立聴きして露見が近づいたことを覚り、邸を出ると飛んで帰って一味を逃がし、利右衛門への仕返しにお小夜を殺して鎌倉河岸へ投げこんだのだった。
 女どもの話で、あの優雅な『都鳥』で、自分たちの悲しい織場の所在を知らせようとした智慧のある娘は、利右衛門の妹のお小夜だったということがわかった。



底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1−13−24]」三一書房
   1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年12月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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