きまい」
「へい、心得ています。こんなこともあろうかと思って……」
ポンと懐中を叩いて、
「軍用金はこの通り」
顎十郎は、ニヤリと笑って、
「話が早くて、なによりだ」
『神田川』へ押上って鰻酒《うなぎざけ》と鰻山葵《うなぎわさび》をあつらえ、
「じゃ、うかがいましょうか」
顎十郎は、いつものトホンとした顔つきになって、
「……『馬の尻尾』に『呉絽帯に織出した都鳥』……それに、『比丘尼の身投げ』で三題噺《さんだいばなし》にならねえか」
「冗談……、からかっちゃ、いけません」
「からかうどころか、大真面目だ」
「へへえ」
「……お前、昨日きいていたろう。呉絽というのは経糸に羊の梳毛をつかい、緯糸に駱駝の毛をつかう。……支那の河西じゃあるめえし、江戸にゃ羊もいなけりゃ駱駝なんていうものもいない」
「でも、あれは支那から仕入れたんだと……」
「支那から仕入れた織物に、光琳風の都鳥などついているものか」
「へえ」
「支那から仕入れたと言って、そのじつ、日本のどこかで織り、支那渡りだと言って高く売りつける。……げんに、以前、泉州堺の織場でいちど真似てつくりかけたと口を辷らせたじゃねえか」
「へえ、そうでした」
「日本で織るとなると、いま言ったように、羊の毛もなけりゃ駱駝の毛もない。……すると、どういうことになる」
「どういう……」
「それ、そこで、馬の尻尾……」
ひょろ松は、膝を拍って、
「いや、これは!」
「……それから、女の髪の毛……。そこで、毛のない比丘尼」
「冗談どころじゃない。なるほど、こりゃ三題噺、みごとにでかしました」
「でかしたのは俺の手柄じゃない。初《はな》っから、ちゃんと筋が通っていたんだ」
ひょろ松は、感にたえた面持で、
「阿古十郎さん、煽《おだ》てるわけじゃありませんよ、決して、煽てるわけじゃありませんが、あなたは凄い」
「いや、それほどでもない、まだあとがあるんだ。ここまでは、ほんの序の口。……それはそうとあの都鳥を、お前、なんと見た」
「ですから、日本で織っているという証拠……」
「それは、今更いうまでもない。……日本も日本、あの呉絽を織ってるのは江戸の内なんだぜ」
「えッ」
「……都鳥に縁のあるところといえば、どこだ」
「……都鳥といえば、隅田川にきまったもんで」
「都鳥は、どういう類の鳥だ」
「……ひと口に、千鳥の類……」
「隅田川の近
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