、顎十郎は、はずみをつけて駕籠から飛びだし、土手の斜面を田圃のほうへゴロゴロと転がり落ちて行った。

 捨蔵さまは草加の村外れで、寺小屋をひらいていた。
 万年寺を逃げ出したのには、深いわけがあったのではない。話にきく江戸の繁昌を見たかっただけのことだった。二十歳のとき、お君という呉服屋の娘と想いあい、この草加へ駈落ちして来て貧しいながら平和な暮しをつづけていた。
 捨蔵さまは、なかなか剃髪する決心がつかなかったが、それから二月ののち、上野の輪王寺へはいった。
 それから間もなく水野が失脚し、再び立つことが出来なくなった。



底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1−13−24]」三一書房
   1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年12月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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