のオ、フィリッピン人の初品《はしり》になるわけでござりますが、ああ、して見れば、お二人さまの生命と申しますものはさながら風前の瓦斯《がす》灯、酢のなかに落ちた蠅《はえ》同然。ナントモ御愁傷《ごしゅうしょう》さまな次第なンでござります。……と、申しましても、決して御登山の御愉快にケチをつけようなどという狭い了見から申しあげているのではございませン。
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男子越ゆべしアルプスの嶮、
踏んで登れやモン・ブラン……
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……てなわけで、むしろ、手前がご嚮導《きょうどう》申しあげて登りたいくらいなンでござります。ナニ、多寡《たか》の知れたるモン・ブラン、なにほどのことがありましょう。決してお止《と》めいたすわけではございませン。それにつきましては、本社をリヨン市に置きますところのルナアル生命保険会社は、両三年以前から『アルプス登山傷害保険』と申しまする部門を開設いたしまして、はなはだ優秀なる成績をあげておりますのでござります。保険契約の仕組を簡単に申し上げますれば、契約と同時に金三百|法《フラン》をちょうだいいたしまして、万一、ご身辺に傷害の事故のござい
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