ら見せてもらえるかねえ」
「とんでもねえ、風邪をひかせる」
「じゃあ、触るだけならよかろ」
「うむ。……じゃ、床のなかへ手を入れて見るがいい。そっとだぞ。そっとだぞ」
赤土焼屋《テラコッシェ》は床のなかへ手を差し入れた。
「象の卵?……おっと、触った、触った。……南無三《モン・ジュウ》、こりゃどうじゃ、もう孵《かえ》っているに! 俺ぁいまたしかに象の鼻に触った!」
と、いったが、元来、ココアの実から象の生れるわけはない。またしてもマルセーユ人に一杯喰ったのに違いない。ああ、用心するがよろしい。法螺吹《ほらふ》き、いかさまの、ペテン師の、この乾物屋の主人《おやじ》のような奴ばかりうようよしている、これがマルセーユだ!
二、憐れなるかな網焼肉《シャトオブリヤン》の命乞い。さて、コン吉ならびにタヌキ嬢の両氏が、コルシカはタラノの谿谷で宏大無辺なる自然を友とし、唱歌を歌いつつ日を過すうち、はや、一ヵ月は夢の間に過ぎ、モンテ・カルロで受けた心の傷《いたみ》もようやく癒《い》えたので、面構《つらがま》えに似気《にげ》なく心の優しい部落の面々に別れを告げ、固く再来を約し、勇ましいタラノ音頭に送
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