にとられて眺めていたが、やがて、タヌは何か思い当ったという風に、
「これまたマルセーユ人に一杯やられたのよ。武芸だなんていっておいて曲馬の牛のような芸を仕込んだのに違いないわ。きっと今ごろはまた笑い話にしてそのへんをふれ廻っているんだ。……よし、もう勘弁《かんべん》がならないぞオ。あたしこれから行ってひと談判してくるよ。さ、ナポレオン、もう一度学校へゆくのよ」と、※[#「此/目」、78−上−4]《まなじり》を決して勢《きお》い立つ。コン吉は立ちふさがって、
「待った、待ったタヌ君、君の立腹はもっともだが、マルセーユ人にかかってはいかな君でも手に負えまい。残念だろう、無念だろうが、今までのことは不運と諦めて、もう日も迫ったことでもあるから大急行でわれわれだけでナポレオンを荒牛《トオロオ》に仕上げよう。あの『ヘルキュレス』さえやっつければ、われわれの恥辱もそれで雪《そそ》がれようというものだから」
ポピノもタヌを押し止めながら、
「令嬢《マムズル》、喧嘩ならどうかわたしにまかしてもらいてえもんでがす。口先の滑った転んだではかなわねえが、いざといったらこの匕首《プニャアレ》がものをいうでが
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