ございます」
「そういう心得もおおいに必要かも知れませんな。くどいようですが、最後にもう一つ……。この読心術というのは一体何のことですか」
「さ、そこが本校の自慢の課目ですヨ。たとえばですナ、牛と牛が向き合う、すると向うの牛が、きょうは喰い過ぎているから胃袋だけは突いてもらいたくないと思ったとする。そこでこちらはいち早く敵の心中を読破して、敵が一番|苦手《にがて》とするところを攻撃しようとする、――つまり、その術ですヨ。それに突撃術に翻身術、それから体術《リュット》、……といっても人間の体術《リュット》ではありません。牛と牛の体術《リュット》。……相手は、ええ手前が努めます。というわけで、ひっくるめて一日八時間、これを二週間もやったら、はばかりながら天下無敵。どうぞ御安心のうえお引き取りを願います」
六、武芸百般、武者にもポルカの嗜《この》みあり。ちょうど二週間目の朝、ナポレオンはポピノに連れられて闘牛学校から三人のいるクウルス街の馬宿までもどって来た。
コン吉とタヌの二人が、しきりにとみこう見するが勇気|凛々《りんりん》たるところがない。毛の艶《つや》も悪くなり、しきりに生欠伸《なまあくび》をして、涎《よだれ》を流す有様はなかなか生《なま》や愚かの修業でなかったことがわかる。ポピノは軽くナポレオンの首筋を撫でながら、
「や、ご苦労、ご苦労。さだめし骨の折れたことであろう。骨休めはあとでゆっくりするとして、ここで一つ武芸の型を見せてもらわねえことには安心がならねえ。……ねえ、令嬢《マムズル》これから、中庭へ引き出して手並みのほどを見べえじゃごぜえませんか」
「そうね、じゃ、ナポレオン、しっかり手並を見せてちょうだい」
そこで中庭へひき出して、コン吉とポピノがかわるがわるモウ! モウ! と気合いをかけるとナポレオンは何思ったか後肢《あとあし》でそこへ坐り込み、犬がするような見事なチンチンをして得意満面の体である。タヌは見るより眉を顰《ひそ》めて、
「ま、お前はなんて情《なさ》けないまねをするの。チンチンなんかよして威勢のいいところをやらなくちゃ駄目じゃないの」と、声を励まして叱りつけると、ナポレオンはしばらくは情けなさそうな顔をしていたが、こんどは、おりから鳴り出した蓄音機のポルカに調《あわ》せて、ステテン、ステテンと踊り出した。
三人もろともに呆気《あっけ》
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