胛骨《かいがらぼね》のところへ、威勢よくそいつを突き通す。それから、ゆっくり(寝くたばれ!)といってきかせるのです。突き刺された方は、そこで、急いで寝くたばってしまう。千に一度の失敗《はずれ》はないのです。一九二〇年のことでした。私の同僚がやはりこのへんの検査に来た。そこでやむを得ない行きがかりからその部落の族長《カボラル》を、(この溝鼠《サロオ》!)とどなったんだ。その検査官はアルサスの営林大区へ栄転して、間もなくそこで死にました。すると、ちょうどその一周忌にも当ろうという朝、彼の十字架の肩のところに、コルシカの短剣が一本突き刺されてあったということです。つまり、コルシカ人ってのは非常に義理がたいところがあるのですね。五法《サンスウ》借りたら五法《サンスウ》返す。……ま、そんな工合です。だから、コルシカ人につまらない真似をすると、地球の果てまで逃げ廻ったって無駄です。必ずどこかでやられてしまう。これだけは確かです」
語りつづけているうちに、やがて目の下に、乏しい黒い部落を浮べた小さな丘が見えて来た。検査官は、その丘を指さしながら、
「あれがタラノの部落です。あそこに大きな雑木林《マッキオ》が見えますね、あのはずれに一軒建っているのが多分極楽荘です。私はここからもっと上へのぼってゆきます。では、ご機嫌よう、コルシカ人に用心なさい」といって、それから一人で尾根伝いにのぼっていってしまった。
コン吉は急に泣きっ面になって、
「やや、これは困った。ここへおいてゆかれたんでは進退きわまってしまう。進めば族長《カボラル》、退《ひ》けば山賊《チュシナ》、……タヌ君、一体どうしたものだろう」というと、タヌは一向平気な面持で、
「心配することなんかあるものですか、あたしに名案があるんだから落ち着いていらしゃい。ここにね、昨夜《ゆうべ》あたしが作っておいた幟《のぼり》があるから、これをよく皆に見えるように拡げながら部落へ入って行くのよ。それで大丈夫」といって、鞄の中から白金巾《しろかなきん》の風呂敷のようものを取り出してコン吉に渡した。コン吉が受け取って拡げてみると、その白布にはでかでかと大きな字で、こう書いてあった。
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われ等はコルシカ人を尊敬す[#「われ等はコルシカ人を尊敬す」は2段階大きな文字]
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四、口は禍《わざわい
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