6 は陥落した。卓《タアブル》の主任《シェフ》は旋回盤《ルウレット》におおいを掛け、その上に薔薇を飾って『お祝い』した。
九、春先の地中海の名物は『西北風《ミストラル》』。モンテ・カルロ第一という巴里旅館《オテル・ド・パリ》の豪奢な居間にこもりっ切りになって、四五日前から、沈鬱な顔をして額を押えながら、「西北風《ミストラル》が来る! 西北風《ミストラル》が来る!」と、公爵がいっていた通り、果してその日の正午《ひる》ごろから、ものすごい勢いで西北風《ミストラル》が吹き出した。
公爵は朝から社交廊《ロビイ》と居間の間をそわそわ歩き廻っていたが、
「ちょいと拝借」と、いって、千|法《フラン》札で二十五万法を入れたタヌの|手提げ《サッカ・マン》を持ったまま、ひょろりと戸外《そと》へ飛び出していってしまった。コン吉とタヌは、公爵がまた西北風《ミストラル》に乗って大勝して来るのだろうと、大いに期待していると、二時間程ののち、オテルの室付給仕《パレエ》が、息せき切って二人の部屋に駆け込んで来た。
「大変だあ! 早く行っておつかまえなさいまし! 公爵が千法札を、まるで売り出しの引札《ちらし》のよ
前へ
次へ
全34ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング