と》。合衆国|河岸《がし》に雲集する紳士淑女と高価なる花束を投げ合い、さて軽歩して競技場《スタアド》に至れば、数十人の気むずかしき審査員は、花の取合せ、幻想《おもいつき》の巧拙、搭乗者《のりて》の雀斑《そばかす》の有無、馬の顔の長さまで詮索《あげつら》って、いずれも一点非の打つところなきを第一等として、金五千|法《フラン》と名誉の鞭《むち》を授与するほか、今年の優勝者は来年の謝肉祭《キャルナヴァル》に市賓として招待され、花馬車競技の会長たるの名誉をも与えようという華々しき規定《さだめ》ゆえ、素《もと》より金銭《かね》に糸目をつけぬ封侯富豪、我れこそは今年の一等賞を獲得して、金銭に換え難き光栄をいだき取ろうと、額をたたき顎《あご》を撫でて珍趣妙案の捻出に焦慮瘠身するも道理《ことわり》。※[#歌記号、1−3−28]|大人《モンセニュウル》、今年の御趣向はもはや御決定になりましたか。ひとつ御披露願いたいもので。※[#歌記号、1−3−28]ナニ、天機もらすべからずサ。実物を見たまえ実物を見たまえ。※[#歌記号、1−3−28]|閣下《ジェネラル》、今年はキャヴァリエールの方面までお手を伸されたそうですが、花畠の買占めはチト横暴ですナ。※[#歌記号、1−3−28]先んずれば人を制すサ。貴公もおおいに戦略を用いて対抗するがよかろう。※[#歌記号、1−3−28]|御内室《マダム》、今年のお馬車の標題は何と申しますネ。※[#歌記号、1−3−28]はい、「天国の夢」と申します。素馨《ジャサント》の天使にリラの竪琴を飾るつもりでございますヨ。※[#歌記号、1−3−28]では、手前は一枚|上手《うわて》をいって、「地獄の番卒」とでもいたしましょうかネ。――喧々囂々《がやがやもうもう》、耳を聾《ろう》するばかり。
すると、ここに、海ぞいの窓ぎわに席を占めた男女二人の若き東洋人、満堂の噪聒《そうてん》乱語を空吹く風と聞き流し、※[#歌記号、1−3−28]ナニ、花馬車の一等賞はこっちのものサ。と、ゆうゆうと冷凍菓子《グラス》をすすっているのは、どうやら子細《しさい》ありげな有様であった。
やがて、午後一時四十分、ニースはランピア港の税関|河岸《がし》を離れたコルシカ島行きの遊覧船は、粋士佳人を満載して、鴎《かもめ》と紛《まご》う白き船体に碧波を映しながら、遊楽館《カジノ》の大|玻璃窓《はりま
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