ざいますヨ。手前は交趾支那《こうちしな》の安交《アンコオル》から暹羅《シャム》の迷蘭《メエランク》地方へ猛獣狩りに参りました。するてえと、ある夏の暑い日でしたナ。ちょっとした水溜りのわきへ『虎落し』を仕掛け、米の樹のそばで銃を構え、虎が水を飲みに来るのを待ってると、近くで怪しいうなり声がするんですナ。近寄って見ると、まるで玉蜀黍《とうもろこし》の茎《くき》のようにやせた百五六十歳の老人が、日射病にやられて苦しんでいるのですヨ。そこであり合せの兎の足で喉を撫でたり、蓮《はす》の葉っぱで頭を包んでやったり、いろいろ介抱しましたら、それでどうにか一命は取り留めたんですナ。非常に感謝しましてネ。教えてくれたのがこの術なんです。つまり、五|呎《フィート》以内にある物体なら、なんでも手元へ呼び寄せることができるんですナ」
といいながら、チョッキの衣嚢《かくし》から、朱色の模擬貨幣《ジュットン》を取り出して、大きな白鳥を薄浮彫《すかしぼり》した机の上に置いた。
「これはモンテ・カルロの球賭盤《ルウレット》に使う百|法《フラン》の模擬貨幣《ジュットン》ですがネ、手前が呪文を唱えると、ヤッと掌の中へ飛び帰って来るんですナ。……つまり、これが無限に金を儲ける方法」といって、眼を細めながら、「時に両殿下には球賭盤《ルウレット》をなすったことがおありですかネ」とたずねた。
「いいえ、まだよ。もっとも護謨球賭戯《ラ・ブウル》なら、やったことがあるけど……」と、タヌが答えると、
「いや、おやめになった方がいいですナ。一体|球賭盤《ルウレット》の必勝法《システム》には、たとえばシャルル・アンリの倍賭法《パロリ》、アランベエルの早見法《バレエム》、ウエルスの|勝ち乗り法《モンタント》なぞと、およそ小《こ》一万もありますが、計算《カルキュウル》や罫線《フィギュウル》で勝てるわけがないんですヨ。一体話がおかし過ぎますテ。ところが、この手前の方法は負けるということがない。そして無限に勝つ。……いいですか。たとえば、こいつをどこでもかまわない3なら3へ張る。すると不幸にして、まあ27[#「27」は縦中横]が出る。その瞬間ですヨ。一座の注意が、球賭盤《ルウレット》の文字板に集まっている瞬間に呪文を唱えてヒョイとそいつを手の中へ呼び返してしまう。もし、都合よく張った3が出たら、そのままにしておいて三十五倍の
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