ょうさん》。撫子染《なでしこぞ》めの長き振袖に、花山車《はなだし》を織り出したる金繍《きんらん》の帯を締め、銀扇を高くかざしていたったるは、花束もてこの扇を射よとの心であろう。倨然《ぎぜん》たる戦車《タンク》の後尾に樹てられし旗竿には、ああ、南仏の春風に翩翻《へんぽん》と翻る日章旗。
四、五人目の祝賀客は波蘭土《ポーランド》製のアイス・クリーム。紹介もなく突然お邪魔にあがりました失礼は、どうぞ謝肉祭《キャルナヴァル》に免じておゆるし下さいませ。それと申しますのは、私は突然、今晩遠いところへ旅立ちしなくてはならぬことになったからでございますの。ずっと、ずっと、ずウっと遠いところなんでございます。それはさて、私は一昨日《おととい》、お両人《ふたり》様と[#「お両人《ふたり》様と」は底本では「お両《ふたり》人様と」]花馬事の一等賞を争いました「生きた花馬車」でございます。いいえ、つまり、そのマダム・ルウジュなんでございますの。本当に惜しいところで敗北いたしましたが、でも、もちろんでございますわ、審判官《ジュリイ》の眼に狂いはございません。お両人《ふたり》の「|花園を護るもの《ギャルディアン・ド・ジャルダン》」に比べましたら、私の花馬車などは、蘭の前の菠薐草《ほうれんそう》のようなものでございます。でも、ただ一つご記憶を願いたいのは、お両人《ふたり》の花馬車がございませんでしたら、私の「生きた花馬車」は、きっと一等になっていた、ということでございます。ああ、五千|法《フラン》の賞金! まるで夢のようでございますわ。わずか一点の差で勝ったものと敗れたもの、……つまり、五千|法《フラン》対零|法《フラン》の二人の競走者《リヴァル》が、こうして卓を隔てて会話をいたすと申しますのも、何かの因縁《いんねん》でございましょうから、なにもかも打ち明けてお話しいたしましょう。何を隠しましょう。私は今晩凍死をして自殺する決心なのでございます。私は先刻《さきほど》、大桶に一杯のアイス・クリームを部屋に取り寄せておきました。それを皆喰べてしまいましたら、そっと料理場へ降りて行って冷蔵庫へ入り外から錠をおろしてしまいます。すると、有難いことには、私は明日《あす》の朝までには、多分アイス・クリームで作った人魚のようにコチコチに固まっているのに違いありません。そして、ホテルの料理番は私の頬《ほ》っぺ
前へ
次へ
全17ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング