[スでは有名な謝肉祭《キャルナバアル》が始まりますからね、率直に申しますと、この筏でニースの謝肉祭《キャルナバアル》を見物に行くのが私の希望なのです、自動車もいやなら、汽車もいや、飛行機、ヨット、馬、……みないやです。どうぞそう思っていただきたい」
ああ、またしても、公爵はそろそろ目の色を変え、口調もおいおい切り口上になってゆく様子、このうえ逆らうと、海になぞ投げ出されまいものでもない。タヌはしきりに「黙れ、黙れ」と、コン吉に眼で信号をする、ではもう諦めるより仕様がないのであろう。コン吉は心細い声で、
「大丈夫でしょうね、乗り越すことはないでしょうね」と、念を押すと、
「間違ったら、伊太利《イタリー》へ行くまでです、それで駄目なら南米ネ」と、不興げに横を向いてしまった。
太陽はアルプスの巓を赤紫色に染めて、ようやくその向うへ沈もうとしている、漫々たる海面《うなづら》は青色から濃い灰色に変り、はるかなるフレエジュの山の上に薄黒い雲が徂来するのは、多分今夜、西北風《ミストラル》でもってこのリヴィエラ一帯を吹き荒らそうとする風神《ゼフィロス》の前芸なのであろう。
七、ニース市の光栄、海
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