動物図鑑の※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]画《さしえ》に描ける海狸《キャストオル》もかくやと思われるばかり、世にも愛らしき眺めであった。
さて、昨年|師走《しわす》の上旬、風光るニースに至る一〇〇八粁《にひゃくごじゅうり》を縦走旅行するため不可思議なる自動車に乗じて巴黎《パリ》を出発したコン吉氏ならびにタヌキ嬢は、途中予期せざる事件勃発したるにより、予定の十分の一にもたらぬ里程において目的を放棄し、薄暮《はくぼ》、コオト・ドオル県ボオヌ駅より列車にて碧瑠璃海岸《コオト・ダジュウル》へ向けて出発したが、図らざりき、列車の取捨を誤ったため、同夜半ふと目覚めれば、身は再び巴黎《パリ》なる里昂[#「里昂」に傍点]停車場において発見いたしました、という目もあてられぬ惨状、日ごろ筋違いに立腹する傾向のあるタヌキ嬢は、ここにおいておおいに激昂し、「ニースなんぞ、いやなこった!」と、宣言したにより、やむなくコン吉は、氷雨窓《ひさめまど》を濡らす巴黎《パリ》の料亭において七面鳥と牡蠣《かき》を喰《くら》い、小麦粉にて手製したるすいとん[#「すいとん」に傍点]のごとき雑煮を、薄寒き棟割長屋《アパルトマン》の一室にて祝うことになったが、コン吉たるもの、風光|明媚《めいび》、風暖かに碧波|躍《おど》る、碧瑠璃海岸《コオト・ダジュウル》の春光をはるかに思いやって鬱々《うつうつ》として楽しまず、一日、左のごとき意味なき一詩を賦《ふ》して感懐をもらしたのは、
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|Autant de pluie autant de tristesse, Paris qui m'oppresse!《くさくさするほどあめがふる》
|Fermons les yeux, 〔Re^vons〕 au printemps de Riviera,《ぱりではるをまつかいな》
|Aux figuiers qui 〔mu^riront〕, au vent qui passera,《みなみのくにではいちじくが》
|A l'odeur du soleil sur les lavandes douces.《もうむらさきにうれているげな》
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さりながら念仏往生義にも、説くごとく、心に戒行を持って一向専念せば、いずれの弘願ぞ円満せざらん。ここに一念発起したコ
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