うな声で、いう。
「お産婆さん、このかたたちはみな、あたしに元気をつけるために、来て下さったのです。こんなに大勢いて下すったら、ちっとも心配なことはありませんねえ。あたし、もう、恐いことはなくてよ。きっと頑張ってみせますわ」
「そうそう、その元気、その元気」
茜さんは、身体が衰弱していたので、なかなかの難産だった。陣痛のひどい頂上で、眼の中が白くなりかけ、産婆さんが、これは、と首を傾《かし》げたような瞬間もあったが、頑張って、とうとう怺《こら》え通した。
十一時過ぎになると、産婆さんが、
「どうか、そろそろ御用意を」と、いった。
これで、百姓家の中が、にわかに色めき立った。キャラコさんが、湯柄杓《ゆびしゃく》を持ったまま、勝手口を出たり入ったりした。鮎子さんたちは、土間の暗いところにひとかたまりになって、互いにギュッと手を握り合いながら、切迫詰まったような顔をしていた。長六閣下は、立ったり坐ったりしながら、うむ、これは困った困った、と、いった。御母堂だけは、茜さんの手をしっかりと握って、
「さア、しっかり、しっかり。なんだ、こんなことぐらいで」
と、しきりに、元気をつけていた
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