いというふうに、馬のほうへ流眄《ながしめ》をつかいながら、
「……こんな片輪ものですけに、立派ということはござりませんがな、気のいいことにおいては、けして、ほかの馬にひけをとらんのであります」
「それに、元気そうですわ」
「いやはや、わし同様、すっかり老いぼれてしまいまして、はやもう、なんの芸もないのでござります」
「そんなに謙遜なさらなくてもだいじょうぶよ。だれが見たって感心するにきまってますわ。うちにも一匹おりますけど、とても、この馬とはくらべものになりませんの」
「お嬢さま、あなたは、ほとほと馬がお好きと見えまするの」
「ええ、大好きですわ。でも、こんな立派な馬を見るのははじめてよ。……なるほど、すこし跛《ちんば》をひくようですけど、そんなことは欠点にならないとおもいますわ。なによりだいじなのは、優しいということよ。……それはそうですわねえ、おじいさん。あなただって、そうお思いになるでしょう。いくら走るのが速くても、力があっても、意地悪ではとるところがありませんわ」
 老人は、嬉しそうにうなずいて、
「はい、仰せのとおりなのでございまする。何がどうあろうと、情け知らずでは駄目でござります。けだものと人間が、ながねん連れそって暮らしてゆくには、お互いの親切がなくてはやってけんのでござります」
 そして、皺の中へ眼をなくして、また、いとしそうに馬のほうへふりかえりながら、
「こいつはまァ、気のいい、ひと懐《なつ》っこいやつではありまするが、ただひとつ困ったことは、喰べるものに気むずかしいことでござります。……それと申しますのも、あまり、甘やかしたせいでござりましょうなれど、乾草《ほしぐさ》や藁《わら》などは見向きもいたしませぬ。……牧草でも、レッドトップならば匂いぐらいは嚊《か》ぎまするが、チモーシとなれば、はやもう、鼻面《はなづら》も寄せん。燕麦《えんばく》に大豆。それから、※[#「麥+皮」、第3水準1−94−77]《ふすま》に唐もろこし。……それも、水に浸して挽割《ひきわり》にし、糠《ぬか》と混ぜて練餌《ねりえさ》にしてやるのでなければ、てんから受けつけんのでござります」
 老人は、夢中になって、人の好さそうな顔を紅潮させながら、
「ああ、じっさい! なんということでござりましょう!……林檎《りんご》を日に五つずつ。……角砂糖は喰べ放題。……カステラを喰べ散ら
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