るっきり自信がありませんでしたの。でも、あたしは、今晩もたしかに来るはずだと、きっぱりといいきりました。そうでもいわなければ、どんなことをやりだすかわからないようすでしたから。
月が出るころになって、ほんとうに奇蹟のように、ボクさんがピョンと穴からはね出してきました。
久世氏は、どんな身軽な猟師だって、こうまでうまくはやれまいと思われるほど、す早くボクさんをつかまえて腕の中へ抱きしめてしまいました。
どちらも何もいうことは要らなかったのです。ボクさんは泣きましたが、久世氏は、とうとう我慢し通したようです。二人の上に月の光がさしかけて、まるで、ジェンナの親子の、あの有名な塑像《そぞう》のように見えましたよ。
久世氏は、最初は、このままだまってボクさんを連れてゆくつもりだったらしいのですけれど、落ちつくにつれて、それは、あまりほめた仕方でないと思ったのでしょう。ボクさんに、明日《あした》の朝、かならず、ママと仲なおりをしにゆくと、いくどもいいきかせておりました。
そのうちに、利江子夫人が帰る時刻になりました。あたしは、気が気ではありませんでしたの。こんなところを見られたら、夫人が
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