月が出たら……」
その午後、あたしは煮《に》られるような思いで、日の暮れるのを待っていました。この五時間ほどの時間が、自分の半生よりも、もっともっと長いような気がしましたわ。
ようやく月が出かかったので、土塀のところへ出かけてゆきました。
月の光の中で、桔梗《ききょう》の花が星のようにゆれています。あたしは、その中に坐って、ボクさんがやって来るのを待っていました。
そのうちに向うの草の中で、小さな足音がきこえ出してきました。あたしは、息苦しくなって、両手でギュッと自分の胸をしめつけました。
寝間着《ピジャマ》を着たボクさんが、白兎《しろうさぎ》のように穴から飛び込んできました。あたしは、赤ん坊のように両手で受けとめると、しばらくは、気が遠くなるような思いでした。
「ボクさん、あたし、毎朝、ここで待っていたのよ」
ボクさんは、沈んだ眼つきで、じぶんの胸のへんを眺めながら、
「……でも、ボク、出られませんでしたの」
「まあ、どうして?」
「……パパの手下《てした》が来て、ボクを連れてゆこうとするからって、ママ、ボクの部屋へ鍵をかけてしまいました」
「そんなことでしたの? ちっ
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