んしましょう。おつぎは、卵です」
どうしたのか、返事がありません。ふり向いて見ますと、少年は、向うむきになって、壁に額をおっつけて、じっと立っています。
「おやおや、どうしたんですの、コックさん」
肩へ両手をかけて、こちらへ振り向けて見ますと、少年は、長い睫《まつげ》に涙をいっぱいため、唇を顫《ふる》わせて、泣くまいと、いっしんにこらえながら、
「……卵、ありませんの。……お菓子、できませんね。……ボク、もう、いいの、あきらめました」
あたしは大きな声で笑い出しました。……おやおや! ところで、どうやらあたしも泣いているようなんです。
「お坊ちゃん、だいじょうぶよ。家《うち》へ行って取って来ますわ。なんでもないのよ、そんなこと。……さあ、笑って、ちょうだい」
人差し指の先で、涙の玉をすくってやって、あたしが、そういいますと、少年は、急に元気になって、
「ああ、ボク、助かった。……じゃ、すぐ帰って来てね。どうぞ、一分で帰って来て、ちょうだい」
「すぐ帰ってきますわ。……きっちり、一分でね!」
料理場を飛び出すと、まるで巫女《ウイッチ》のように宙を飛んで家へ駆けてゆき、お台所から
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