? ところで、吃驚《びっくり》されるのは、まだ早いのですよ。
 きのうの朝、あたしがお部屋で本を読んでいますと、花壇のほうで草でも苅《か》るような音がしますので、見てみますと、お父さまが朝吉と二人で、花壇の花を鎌《かま》で苅っていらっしゃるのです。あんなにも丹精なすって、五年目にようやく花を咲かせた、あの竜舌蘭《アローエス》を!
 こんなことって、あるもんでしょうか!
 お夕食の時、あたし、思い切っておたずねして見ましたの。
 すると、お父さまは、
「お隣りのかたが、塀の上からチラチラ花がのぞいて気障《きざわ》りだといわれるんで、それで、苅ってしまったのだ」
 と、おっしゃいますの。
 隆男《たかお》兄さまも、勇夫《いさお》兄さまも、晶子《あきこ》姉さまも、鎮子《しずこ》姉さまも、(もちろん、あたしもよ!)呆気《あっけ》にとられて、へえ、と顔を見合わせるばかりでした。
 お父さまのなすったことですから、だれも異議は唱えませんでしたが、勇夫兄さまだけは、黙っていたくなかったと見えて、
「外国には|植物嫌い《デンドロフオーブ》というマニアがいるそうだが、お隣りも大体それに近いんだな」
 と、いいました。隆男兄さまが、
「くだらん、放っておけ」
 と、いわれなかったら、もっとひどいことをいい出しかねないようなようすでしたの。
 お兄さまたちはお兄さまたちとして、あたしにはあたしのやり方ってのがあるわけなの。隆男兄さまのご意見には関係なく、あたしは、これからお隣りの傍若《ぼうじゃく》夫人(あたしの洒落も捨てたもんでないでしょう?)のところへ出かけて行って、お互いに住みよくするために、どういう連帯心が必要か、どの程度まで、個人の自由を見捨てなければならないものか、その辺のところをよくうかがってくるつもりなのです。(たしかに、あたしは、すこし腹を立てています!)
 この始末については、今晩またくわしく御報告いたしますわ。

     二
 英吉利《イギリス》ふうの破風《はふ》のついた、この古い洋館は、あなたのお気にいりの建物でした。でも、もう、久しい間|空屋《あきや》になっていましたので、敷石のあいだから雑草が萌《も》えだし、庭の花圃も荒れほうだいに荒れて、見るかげもないようになっていました。
 いくども呼鈴《よびりん》をおしましたが、誰れも扉《ドア》を開けにきません。二階のほ
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