《はっか》入りの、清《すが》すがしい朝の海風《うみかぜ》が吹き込んでくる。
白い紗《しゃ》の窓掛けを蝶のようにひらひらさせ、花瓶のダリヤの花をひとゆすり、帆前船《ほまえせん》の油絵の額《がく》をちょっとガタつかせ、妖精が戯《たわむ》れてでもいるように大はしゃぎで部屋の中をひと廻りすると、反対の窓からスット抜けて行ってしまう。
絵の上手なトクさんも、陽気なピロちゃんも、男の子の鮎子さんも、誰も彼も、あわてふためいて、御飯をかっこんでいる。
お味噌汁《みおつけ》は熱くてすぐ飲めないから、早く冷《さ》めるようにお椀《わん》に盛ったまま、ずらりと窓際に並べておく。御飯をかっこんだら、出がけに、立ったままで、ぐいと一息にやるつもりなのである。
誰もものをいわない。鮎子さんだけは、みんなのように早くかっ込めないので、肚《はら》を立てて何かひとりでぶつぶついっていたが、いよいよ置いてゆかれそうになったので、御飯に水をかけてひっかき廻す。ピロちゃんもまねしてやり出す。誰も彼も大あわてだ。
いったい、何を泡喰《あわく》っているというんです? あわてずにはいられない。海が逃げてゆく。
絵の上手
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