れしくなって、大きな声で笑いだす。
「懸巣《かけす》さん、こんちは。……なかなかお愛想がいいわね。……あんた、ひとりで、淋しいのね。それで、遊んでほしいのでしょう?」
かけすは、止まり木の上で、ちょいと首をかしげる。
キャラコさんは、手提《てさ》げの中から銀貨をひとつとり出して、それをかけすのほうへ放ってやる。
かけすは待ちかまえていたようにツイと宙で受けとめ、一・二分|嘴《くちばし》で啣《くわ》えていたのち、それをそっと書机《デスク》の端においた。
キャラコさんは、面白くて夢中になってしまう。
今度は、銀貨を四つ取り出して、それを、一つずつ、次々に放ってやった。
かけすは、それをひとつも取り落とさずに見事に受けとめ、散らからないように一枚ずつキチンと机の上に重ねる。
キャラコさんが、手を拍《たた》く。
「やァ、お見事おみごと。……たいへん、お上手ですわ。……ほんとうに、お利口なかけすさんだこと」
うしろに、のっそりと人が立った気配がする。おどろいてふりかえって見ると、それは悦二郎氏だった。
黒い服の上に鼠色のブルーズを着、肩に採集瓶をかけ、木の枝のようなものを手に持っている。チャペックの『虫の世界』の幕開きに登場する、あのベルトラン先生のような超俗なすがたである。
「暑い、暑い」
と汗をふきながら、立ったままで、いきなり、
「……じつは、林の中で、わからない鳥の声をききましてね。それを確かめるので、つい遅くなってしまったのです。……チッチョ、チッチョと鳴く。……どうも、なに鳥かわからないのですね。……それで、そのあとを蹤《つ》けてきいているうちに、チッチョのあとへ、チョッピィと鳴いてくれたので、ああ、これは仙台虫喰《せんだいむしくい》だとわかって、安心して帰って来たのです」
果して、悦二郎氏は、今朝の五時ごろから林の中で小鳥の声を追い廻していたのだった。チョッピィと鳴いてくれてご同慶のいたり。さもなければ、鳥のあとをしたって、軽井沢まででもついて行ったことだったろう。
キャラコさんは、がっかりと力を落とす。……それから、ゼンマイのゆるんだ時計のような声をだす。
「チョッピィと鳴いてくれて、ほんとうによかったわねえ」
心の中では、こんなことを考えていた。
(正直に緋娑子《ひさこ》さんにいおう。かけすと遊んでいて、とうとう手紙は盗めませんでしたって……)
底本:「久生十蘭全集 7[#「7」はローマ数字、1−13−27]」三一書房
1970(昭和45)年5月31日第1版第1刷発行
1978(昭和53)年1月31日第1版第3刷発行
初出:「新青年」博文館
1939(昭和14)年8月号
※初出時の副題は、「盗人と懸巣」です。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年12月7日作成
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