っている。チャペックの『虫の世界』の幕開きに登場する、あのベルトラン先生のような超俗なすがたである。
「暑い、暑い」
 と汗をふきながら、立ったままで、いきなり、
「……じつは、林の中で、わからない鳥の声をききましてね。それを確かめるので、つい遅くなってしまったのです。……チッチョ、チッチョと鳴く。……どうも、なに鳥かわからないのですね。……それで、そのあとを蹤《つ》けてきいているうちに、チッチョのあとへ、チョッピィと鳴いてくれたので、ああ、これは仙台虫喰《せんだいむしくい》だとわかって、安心して帰って来たのです」
 果して、悦二郎氏は、今朝の五時ごろから林の中で小鳥の声を追い廻していたのだった。チョッピィと鳴いてくれてご同慶のいたり。さもなければ、鳥のあとをしたって、軽井沢まででもついて行ったことだったろう。
 キャラコさんは、がっかりと力を落とす。……それから、ゼンマイのゆるんだ時計のような声をだす。
「チョッピィと鳴いてくれて、ほんとうによかったわねえ」
 心の中では、こんなことを考えていた。
(正直に緋娑子《ひさこ》さんにいおう。かけすと遊んでいて、とうとう手紙は盗めませんでし
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