気持になって、夢中で部屋の中を探し廻る。ふと、壁ぎわの寝台の下を覗《のぞ》くと、その下闇《したやみ》の中に、燐のようなものが二つ蒼白い炎をあげている。
 お雪さんというペルシャ猫だった。
 キャラコさんは、ホッとして、額の汗を拭く。
「おやおや、お雪さんだったの? 遊んであげたいけど、いま、ちょっとご用があるから、しばらく戸外《そと》へ出ていてちょうだい。……あなたに、見ていられると、あたし、困るの」
 猫を抱きあげて窓から庭へおろしてやる。
 お雪さんは、お愛想に、ザラリとした舌でキャラコさんの手の甲を舐《な》めてから、足を振りながらゆっくりと母屋のほうへ歩いて行ってしまった。
 これで、邪魔物はいなくなった。いよいよ、とりかかる番だ。
 書机《デスク》をギュッと睨《にら》みすえたまま、また、ゆっくりゆっくりそのほうへ歩いてゆく。こんどは、さっきよりも楽にゆく。
 べつのキャラコさんが、宣言する。
 ――いよいよ、やります。
 もう一人のキャラコさんが、はねかえす。
 ――いわなくともわかっている。早くやれ。
 ――いまやりかけている。あまり急《せ》かせないでちょうだい。……ほら、も
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