るものを投げてやると、嘴《くちばし》でヒョイと受けるよ」
 離屋《はなれ》の書斎!
 いっぺんに眼がさめた。
(そうそう、たいへんなことがあるんだった!)
 キャラコさんの背筋を、また、こそばゆいものが上ったり下ったりしはじめる。
 いままでの呑気《のんき》な気持がどこかへ消し飛んで、日暮れがたのような滅入《めい》った気持になる。足元から絶えず風に吹きあげられているような、なんとも手頼《たよ》りない感じである。
(こんな具合ではしようがない。どうせ、やるにはやるけど、まだ、はっきりした決心がついていないようだわ。やはり、それまで、待たなくては……)
 キャラコさんは、あわてて異議をとなえる。
「でも、おるすにはいり込んだりしてはいけないでしょう。あとで叱《しか》られそうだわ」
 母堂は、はッはと、笑い出して、
「あの、のんき坊主が、なんで、そんなことを気にするものですか。面白いから、行って見ていらっしゃいよ」
 キャラコさんが、蚊の鳴くような声で、いう。
「今でなくては、いけませんの」
 マジマジと、キャラコさんの顔を瞶《みつ》めて、
「なんて、情けない声を出すの。ゴシャゴシャいってな
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