してやって来たのに、
「ちょうど、きのう、お帰りになりまして……」
 と、小間使いが、いう。
 困ったことになったと思ったが、もう、引きかえすわけにはゆかなかった。
 御母堂《ごぼどう》が、恰幅《かっぷく》のいい、大きな身体をゆするようにして、
「まあまあ」
 と、叫びながら玄関へ走り出してきた。
「……、これは、ようこそ。珍らしいひとがひょっくりやって来たもんだ」
「おばさま、いつも、ご機嫌よくて」
 御母堂は、顔じゅう笑みをくずして、
「うむうむ、挨拶などは、どうでもいい」
 手をとらんばかりにして、
「さァさァ、どうかあがってちょうだい。……ご無沙汰ばかりしていますが、みなさん、おかわりはないの?……うむ、それはよかった。……きのう帰って来たとこでね、ちょうどいい折りだった」
 上機嫌に、なにもかもいっしょくたに、ひとりでうけ答えしながら、庭に向いた風とおしのいい夏《なつ》座敷へ通すと、せっかちに手を鳴らして、
「おいおい、誰かいないのかい。早く、おしぼりを持っておいで」
 走りこんできた女中に何かいいつける間《ま》も惜しそうに、
「葛子《くずこ》が帰って来たら、嬉《うれ》しがっ
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