気持になって、夢中で部屋の中を探し廻る。ふと、壁ぎわの寝台の下を覗《のぞ》くと、その下闇《したやみ》の中に、燐のようなものが二つ蒼白い炎をあげている。
 お雪さんというペルシャ猫だった。
 キャラコさんは、ホッとして、額の汗を拭く。
「おやおや、お雪さんだったの? 遊んであげたいけど、いま、ちょっとご用があるから、しばらく戸外《そと》へ出ていてちょうだい。……あなたに、見ていられると、あたし、困るの」
 猫を抱きあげて窓から庭へおろしてやる。
 お雪さんは、お愛想に、ザラリとした舌でキャラコさんの手の甲を舐《な》めてから、足を振りながらゆっくりと母屋のほうへ歩いて行ってしまった。
 これで、邪魔物はいなくなった。いよいよ、とりかかる番だ。
 書机《デスク》をギュッと睨《にら》みすえたまま、また、ゆっくりゆっくりそのほうへ歩いてゆく。こんどは、さっきよりも楽にゆく。
 べつのキャラコさんが、宣言する。
 ――いよいよ、やります。
 もう一人のキャラコさんが、はねかえす。
 ――いわなくともわかっている。早くやれ。
 ――いまやりかけている。あまり急《せ》かせないでちょうだい。……ほら、もう、曳手《ひきて》に手がかかった。
 ――グイと曳《ひ》いちまえ!
 ――ひきました。……ほら、開《あ》いた。
 二寸ほどあいた抽斗《ひきだし》の口から、何か白いものがチラと見える。キャラコさんは、眼が眩《くら》んで書机《デスク》のほうへ倒れかかった。
 サヤサヤという羽音《はおと》といっしょに、一羽の小鳥が窓から飛び込んできて、書机《デスク》のそばの止まり木にとまった。背中が葡萄色で、翼《つばさ》に黒と白の横縞《よこじま》のある美しい懸巣《かけす》である。
 しばらくじっとしていたが、とつぜん、キャラコさんの頭をめがけて突進してきて、翼でちょっと払っては、また、止り木へ戻ってゆく。いくども、こんな動作をくりかえす。
 キャラコさんが、かけすを瞶《みつ》めているうちは、止り木の上でじっとしているが、眼を外《そら》したり、うつむいて抽斗に手をかけたりすると、頭を眼がけて烈《はげ》しく突進してくる。
 はじめ、キャラコさんは、見知らない人間が書机《デスク》などをいじっているので、腹を立てたのだろうと思ったが、間もなく、かけすはじぶんと遊びたいのだということを了解した。
 キャラコさんは、う
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