て、また、暴れまくるこッたろう。……ほんとうに、こんな暑い日に、よくやって来ておくれだった。……なんだろう、きょうは、ゆっくりして行っていいのだろう」
「ええ、べつに用事ではなかったのですけど……」
 胸の中に臆心《おくしん》があるので、いつものようなのんきな調子が出て来ない。
「あの……、あまり、ごぶさたしましたから、……きょうは、ちょっと、お顔を見におうかがいしましたの」
 相手がなんともいわないのに、あわてて、じぶんから、
「ほんとうよ」
 と、つけ足して、心の中で赤面した。
 もちろん、疑うようすなどはなく、ほくほくと眼を無《な》くして、
「そうかい、そうかい。どうか、ゆっくりしていってちょうだい」
 女中たちが廊下の端に固まって、なにかコソコソいってるのへ聴耳《ききみみ》を立てて、
「こらこら、なんだい、そんなところでコソコソと……。どうも、躾《しつけ》の悪い家でねえ、あんなところで垣のぞきをしている。……なにしろ、この家じゃ、あなたの評判がたいへんなんだから、新しく来た女中どもがあなたを見たがって、それで、あんなことをしてるのさ。まあまあ、すこし見物させてやんなさい」
 その自慢らしい顔といったらないのである。
 キャラコさんが、なにより懼《おそ》れていたのは、母堂のこの底知れない愛情だった。
 古い旗本《はたもと》の家で、ずっと濶達《かったつ》なくらしをして来たせいで、六十を越えたこの年になっても、相変らず、派手で大まかで、元気いっぱいに、男のような口調でものをいう。
 キャラコさんは、小さな時から、気さくで太っ腹な、この大叔母がだいすきだった。
 浜子夫人のほうも、寛大で謙譲《ひかえめ》で、そのくせ、どこは硬骨《ほね》のあるこのキャラコさんが大々《だいだい》のひいきで、進級祝いなどには、あッと眼を見はるような豪勢な祝品《いわいもの》をかつぎ込んだりする。
 いったん、キャラコさんのことになると、すっかり夢中になって、とろとろととろけてしまう。自慢で自慢でしようがなくて、行く先々で、精いっぱいに吹聴する。
「うちの馬鹿どもとちがって、剛子《つよこ》はほんとうにりっぱな娘です。あたしゃ、ほんとうに日本一だくらいに思っているんだ。夫人《おく》さん、あなたの前だけど……」
 そのひとの家へ、今日自分が、何をしに来たかとかんがえると、キャラコさんは、すこし情け
前へ 次へ
全17ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング