って椅子にかけながら、
「もう、たいてい察しそうなものじゃありませんか。……要するに、僕と結婚さえしてくれれば、それでいいんですよ」
 事務の話でもするような、こだわりのない口調で、
「廻りッくどいことをいうのはよして、単刀直入にいいますが、もちろん、形式だけのことでいいのです。結婚式をあげて、入籍の手続きをすましたら、すぐ離婚してくだすって差し支えないんです。離婚の条件として、僕に十万円だけください。それだけのことです。たいして、むずかしいことじゃないでしょう」
 レエヌが、鋭い声で叫んだ。
「どう、やっとおわかりになった? あなたが余計なところへでしゃばってきて、アマンドのほうをめ茶め茶にしてしまったんだから、それくらいの償いをしてくださるのはあたりまえよ」
 キャラコさんは、たじろがない眼で相手の顔をながめながら、感情の翳《かげ》のささぬ、落ち着いた口調でいった。
「お話はよくわかりましたが、あなた方がかんがえていらっしゃるように、そんなに簡単にゆくかしら……」
 保羅は、ピクッと神経的に眉を動かして、
「こんなところに、三日も四日も僕と一緒に暮らしていたということが評判になっ
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