トラア》が扉《ドア》をノックして、皆様が上甲板《ウエル》でお待ちかねです、といいにきた。
「ほら、迎いにきたわ」
 イヴォンヌさんは、じれったそうに足踏みをしながら、もだもだするというふうに胸のところをおさえて、
「あたし、ここんところにいいたいことがモヤモヤしているんですけど、どうも、うまくいえないの。……なんでもいいから、たった一度だけみなにあなたの腕を見せてやって、ちょうだい」
 西洋将棋《チェス》やドミノで勝って見たってどうでもないと思うので、今日までレエヌさんに譲ってばかり来たが、しかし、そうばかりしているのも、あまりほめたことではない。日本の娘は、みなこんなふうに卑屈なのかと思われても困るのである。負け勝ちは問題ではないが、自分のせいいっぱいなところを見せてやってもいいような気持になってきた。
 イヴォンヌさんは、キャラコさんの顔色を敏感に見てとって、
「よかったわ」
 と、うれしそうに手をたたいてから、急に真剣な顔になって、
「やるなら、あのひとに負けないで、ちょうだい」
 と、正直なことをいう。イヴォンヌさんも、レエヌさんが嫌いなのである。

 快遊船《ヨット》は、いま
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