土壇《テラッス》で、ピエールさんと二人っきりで話しているところを見てから、急によそよそしくなってしまった。
ピエールさんは、死んだお母さんの子供のころの印象をなつかしそうにしみじみと話した。キャラコさんは、しんみになってそれを聞いていただけのことだったが、それ以来、レエヌさんは、なにか、ひどく対抗意識をもっていろいろといどんでくる。勝負ごとをひとつするにしても、いつも、あまり平和にはすまないのである。
それに、カナダの銀行家だという、かっぷくのいい独逸《ドイツ》人くさいベットオさんも、あまりキャラコさんを好いていないらしい。アマンドさんの妹さんのエステル夫人などは、露骨にキャラコさんを毛嫌いして、
「あたしは、日本贔屓《ジャポニスト》というわけではないのよ」
などと、はっきりしたことをいう。
キャラコさんは、イヴォンヌさんの勧誘に屈服したばかりに、思いがけなく、こんな劇的な境遇に身をおくことになった。
キャラコさんにしてもあまりおもしろくないが、こんなことぐらいで弱くなってはならないと思って、いっさい気にしないことにした。
甲板のほうから鋭い銃声がひびいてくる。
室僕《バ
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