した。
 原田氏は、二人が無事にぬけ出したのを見ると、肱《ひじ》と肩を使って微妙に身体をひねりながら、恐ろしい重さでのしかかってくる岩盤の桎梏《しっこく》のしたからツイとすりぬけた。
 そこまでは、たしかにうまくいったが、急に支えをはずされた岩盤は、えらい速さで洞道《どうどう》の上に倒れかかり、まさにはい出し終わろうとしている原田氏の右の足首をおしつぶしてしまった。
 原田氏は、膝《ひざ》から下を血みどろにして、三枝氏におわれて小屋へ帰って来た。
 この時も、キャラコさんは、たいへんに沈着だった。
 分析台の上に寝かされた原田氏の足首が石榴《ざくろ》のようにグズグズになり、はじけた肉の間から白い骨があらわれ出しているのを見ても顔色ひとつかえなかった。その度胸のよさといったらなかった。
 山下氏と三枝氏が、気ぬけがしたようにぼんやり突っ立っているうちに、キャラコさんは鋏《はさみ》でズボンを切り開き、手早く清水《しみず》で傷口を洗うと、左手でギュッと原田氏の脚《あし》をおさえながら沃度丁幾《ヨードチンキ》を塗りはじめた。
 原田氏が、牛のような声でほえ出した。
「ああ、灼《や》けるようだ。
前へ 次へ
全59ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング