るのか知りませんから塩うでにしましたの。……それから、お砂糖がかかっているのは裏山の木苺《きいちご》で、手《て》コップにはいっているのは山女魚《やまめ》のスープです。たった一匹しか簗《やな》へはいってこなかったもんですから、こうするよりしようがありませんでしたの」
 そういって、丁寧に会釈をすると、
「あたしたちの年ごろの娘のお料理なんていうと、一般には、あまり信用されないのが普通のようです。なかには、ひどくおびえる方もありますわ。……でもね、どうぞ、恐がらずに喰《あが》ってちょうだい。あまりひどいことにならないだろうってことだけは、自信をもって申しあげますわ」
 原田氏が、ひどく固くなってフォークを取りあげた。
 三枝氏は、胸を張って、
「えへん」
 と、しかづめらしい咳ばらいをした。黒江氏は、何から手を出したらいいのかというふうに、キョトキョトと両隣りのやり方をぬすみ視《み》した。
 さすがに、山下氏がいちばん冷静だった。手《て》コップを取りあげてゆっくりとすすりはじめた。
 破小屋《あばらごや》の、ふしぎな晩餐がはじまった。
 四人ながら戸迷ったようなようすをし、食べものの上へ深
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