喰べることや着ることはともかく、あなたのような美しいお嬢さんが、われわれの生活の中へはいって来られるのはすこし困るのです。……われわれにとっては、いま、情緒ややさしい気分なんてものは必要がないばかりでなく、少々実のところ、迷惑なんです」
 キャラコさんは頬に、サッと血の気がさす。いつになく、怒ったような声で、いった。
「お言葉ですけど、戦争は男だけがするものでしょうか。……戦場の兵士と同じような苦労を、女は、毎日じぶんの家庭でくりかえしています。……いつも、隠れて見えないところにいるけれども、その眼だたないところで、男性に協力して、びっくりするような大きな働きをしている『女の手』というものをどうぞ忘れないでちょうだい」
 気がついて、困ったような顔をしながら、頬に手をあてた。
「あたし、……すこし、いいすぎましたわね」
 四人のいちばんうしろにいた黒江氏が、低い声で、いった。
「かまいませんよ。どうぞ《ビッテ》、どうぞ《ビッテ》」
 キャラコさんは、これで力をつけられてる。そのほうへちょっと感謝の微笑を送ってからまた続けた。
「……それから、情緒や女のやさしさなどというものを、なにか、
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