に吸いこんで大怪我《おおけが》をしてしまった。
黒江氏は炎などを吸い込む気はなかった。
夜がふけて、しんしんと小屋の中が冷えてくると、例の咳がはげしくなってくる。自分の咳で仲間やキャラコさんの眠りをさまたげまいと思って、がまんにがまんをかさねる。突然、咽もとへ突っかけて来た咳の発作をこらえようとして、無意識に息をひいたとたん、吸管の炎を深く吸いこんでしまったのである。
たいへんな怪我だったけれど、黒江氏は、みなを驚かすまいと思って、叫び声ひとつあげなかった。
板壁を伝ってそろそろと扉《ドア》のほうへはっていったが、とうとう力がつきて、戸口のところで気を失ってバッタリと倒れてしまった。清水《しみず》で咽喉《のど》を冷やし、そっと自分で始末してしまおうと思ったのである。
最初に発見したのはキャラコさんだった。
キャラコさんは眠っていたのではなかった。いつものように食卓の上に蝋燭を立てて、せっせと鉱物学の常識を養っていた。入口の扉のほうで何か重いものが倒れたような音がしたので、そっと出て来てみるとこの始末だった。
キャラコさんは、たいへん沈着だった。
額に手をあてて見ると、たいして熱はなかったが、もし、脳溢血《のういっけつ》で倒れたのでもあったら、へたに動かしたらたいへんなことになると思って、そのままそっと床《ゆか》に寝かしたまま、しずかに、三人を呼び起こした。
「すみませんけど、ちょっと、起きてちょうだい」
三人は、すぐ眼をさました。が、キャラコさんがいつもと変わらないようすをしているので、こんなたいへんなことが起きているとは、とっさに気がつかなかった。
山下氏だけは、何かけはいを感じて、キュッと顔をひきしめながらたずねた。
「どうしました、キャラコさん」
キャラコさんが、しっかりした声で、いった。
「ちょっと、黒江さんのようすを見てちょうだい。ひどく悪いのだったら、これからすぐ医者を迎えにゆかなくてはなりませんから……」
そういっておいて、じぶんは急いで黒江氏の寝床をつくり、洗面器に清水《しみず》を汲《く》んでタオルと一緒に枕もとへそなえて置き、いつでも医者を迎いに出かけられるように甲斐甲斐しく身支度をしはじめた。
黒江氏は、間もなく意識をとり戻した。ぼんやりした眼つきで皆の顔を見廻していたが、頭がはっきりすると、吸管の炎を吸い込んでしまった
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