たちは、お互いの勇気を、もっと信用し合わなくてはいけないな」
「だから、いい教訓だといったわ」
「ほらね、ちゃんと知ってるじゃないか。……泣くことも、恐がることもいらないんだ。だまって信じてればいいんだよ、梓さんの理性を」
 ユキ坊が、とつぜん横合いからひったくった。
「あたしたち、いくども誓い合ったわね。いろんな場合に理性でやってのけよう、って。……自分たちの時代のためにも、もっと、しっかりする義務があるって。……梓さんだって、たぶん、それを忘れちゃいないよ。決して、馬鹿げたことはしない。あたし信じてる!」
 ピロちゃんが、うなずいた。
「そうなんだ。……キャラコさんを見ろよ。ちっとも、うろたえてもいなければ、あわててもいなかったぜ。キャラコさんは梓さんの理性をちゃんと信用しているんだ。……間もなく、きっと連れて帰ってくる」
 鮎子さんは、うれしそうに手を拍《う》ち合わしながら、
「そうよ、そうよ。きっと、連れて帰ってくるわ。すくなくとも、そう考えるほうが、友情というもんだわ」
 トクさんが、ようやく泣きやむ。
「そうね、たしかにそうだったわ。……でもね、……じゃ、いったい、何しにわざわざ池へなど行ったのかしら」
 ユキ坊やが、はぐらかすように、いった。
「こんなことぐらいじゃ死なないって、よく自分自身にいいきかせるためにさ」
 ピロちゃんが、たしなめる。
「そんなふうに、ふざけるのはよしなさい。……何しに行ったか、って? トクさん、それは、あなただって知ってるはずだわ。……つまり、ひと泣き、泣きに行ったのさ。それくらいのことはゆるさるべきだわ。あたしたちは、まだ若いんだから……」
 みな、すこしずつ元気になった。鮎子さんが、また、だしぬけに大きな声で、いった。
「……ねえ、梓さんが死にに行っただなんてまっさきに騒ぎ出したのは、いったい誰だったの?」
 ピロちゃんが、こたえた。
「森川夫人さ」
「ああ、そうだったわ。それで、みな、釣り込まれてしまったのね、いやだわ」
 芳衛さんが、人がちがったような快活な声で、いった。
「そんなにも、あたしたちを知らなすぎるんだわ。すこし、説明してあげる必要がありそうね」
 トクさんが、すぐ受けて、
「そうね、慰安のためにもね。……ともかく、おばさまをあんなふうにひとりで放って置いてはいけないわ。みんなで行って、何かお話でもしてあげましょうよ」
 ピロちゃんが、元気よく立ちあがった。
「賛成だ。ボク、うまい話をしてやる」
 五人が広間へ降りて行ってみると、森川夫人が、煖炉のそばの安楽椅子《ソファ》に沈み込んで、ひとりで泣いていた。
 五人は、森川夫人を取り巻いて床の上へ坐った。
 ピロちゃんが、のんきな声で、いった。
「おばさま、そんなにお泣きにならなくとも大丈夫ですよ。梓さんは、もうじき帰って来ます。なにしろ、キャラコさんがちゃんと引き受けたんだから。……おばさま、あなた、ちっともご存知ないんですよ。あたしたち、どんなに元気があるか!……子供のようにしか見えないのは、あなたのお勝手だとしてもね!」

     七
 踏みつける雪が、スキーの下でキュッキュッと鳴る。
 雪の原のはるか向うに、栂《とが》の樹《き》に吹きつけられた雪が団子《だんご》のようにかたまりついて、大きな雪人形のような奇怪なようすで立っている、降ったばかりの雪の上に、シュプールが、一本、まっすぐにその方へつづいている。梓さんがすべって行ったあとだ。
 それにしても、なんという広大な雪の世界だろう。涯《はて》しもない茫漠《ぼうばく》たる雪原がただ一面に栄光色に輝いて、そのすえは同じような色の空のなかへ溶けこんでいる。雪の大海原。しんとした蒼い光暈《ハロオ》の中を、たった一人で進んで行くと、このまま月の世界へでも入って行ってしまいそうなふしぎな幻想に襲われる。
 キャラコさんは、とりとめのない、蒼白い雪原の中で、さかんな雪煙りをあげながら緩《かん》傾斜のトレールをしゃにむにのぼって行った。
 キャラコさんは、梓さんがこのくらいのことで自殺するはずがないと固く信じていた。しかしまだ人生の複雑な起伏をあまり多く経験していないので、こんな場合、感情がどんな昂揚《こうよう》のしかたをするものか、はっきりとわかりかねるところがあった。
 梓さんは、房枝叔母さまを捨てた無情な愛人は、実は、チャーミングさんで、しかも、自分がそのひとの子供だということまで聞いてしまったのにちがいない。梓さんばかりではなく、この年ごろの少女にとっては、これは、たしかに致命的な打撃だったに相違ない。
 キャラコさんは、梓さんのしっかりした気質に充分期待をかけているのだったが、打撃のひどさを考えると、その自信もゆらぎかける。もしや、と思うと、気がうわずって来て、つ
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