と、泊りがけのゴルファーがきて、新しい顔が加わるが、今日は土曜日でも日曜日でもないので、ここにいるのは見なれた顔ばかりだ。それぞれ勝手なところへ椅子をもちだし、それぞれ自由な恰好でかけている。
いま紹介したひとたちのほかに、剛子の従兄《いとこ》の秋作氏がすっかりこちらへ背中をみせ、窓のそばで新聞を読んでいる。槇子の隣りの揺椅子《ロッキング・チェア》には、妹の麻耶子が、いつもするとおり斜めに腰をかけ、左手を顔にあてて傾けながら、小指は気どったようすで唇の方へまげている。
姉の槇子よりは二つしたの二十一で、姉ほど美しくはないが、そのかわり、もっと底意地のわるい顔をしている。年よりは老《ふ》けた沈んだ色のウールのブラウスをきて、まるでこの場の空気になんの関係もないといったような冷淡な態度をとっている。じろじろ観察するだけで、めったに自分の意見を出さないのがこの娘の癖なのである。
ピアノの横の方には、槇子たちの取巻きの一団、――パイプをくゆらしているワニ君。顎《あご》のニキビをひねくっているポン君。長い脛《すね》をもちあつかって足を組んだりほぐしたりしているアシ君。こういった連中がひとかたまりになっている。いずれも金持ののらくら息子。ダンスとゴルフとドライヴ、この三つのヴァライエティだけが生活の全部で、槇子姉妹《まきこきょうだい》に奴隷のように頤使《いし》されるのをたいへん光栄に存じている。ところで、この社交室に欠かしたことのない沼間夫人の顔が見えないのは、たぶんお散歩の時間にあたるからであろう。
こんなとこにまごまごしていないで、はやく逃げ出せばいいのにと、剛子がやきもきしているのに、猪股氏のほうは立ちあがることも忘れたように、見るもあわれにしおれかえっている。
いつまでたっても猪股氏が動かないので、槇子はすっかりじれてしまい、いきなり揺椅子《ロッキング・チェア》から飛び起きると、
「じゃァ、こっちが逃げだそうッと……。あたしは、これから着がえをするから、見たい奴はついておいで」
ワニ君と、ポン君と、アシ君が先を争って立ちあがる。
「僕」
「ぼくもゆく」
「ぼく」
越智氏が中腰になって、あわててひきとめる。
「散歩なんぞいいじゃありませんか。なにか、もうひとつうたってくださいよ」
槇子は、いましがた社交室へはいってきた老人を露骨に指さしながら、
「あなただけでもうんざりなのに、ほら、また、あのきたないやつがはいってきた。……ごめんだわ。おもしろくもねえから、クラブ・ハウスにでも騒ぎに行くんだ」
と、みな一緒にどやどやと出て行ってしまった。
それは、みすぼらしいほどの粗末な服をきた、六十ぐらいの大柄な老人で、髪はまだ半白《はんぱく》だが、顔には八重《やえ》の皺の波がより、意地の悪そうな陰気な眼つきをし、薄い唇のはしにいつも皮肉な微笑をうかべている。
三階の隅の陽あたりのわるい小さな室《へや》にひとりで住んでいて、食事のほかにはめったに降りて来ない。だれも名を知らず、どういう素性の老人なのか、それもまるっきりわからない。
とにかく、不思議な老人である。『社交室』ではこの老人がしばしば問題になった。たぶんホテルの持主の親類かなにかだろう。さもなければ、あんな乞食のような老人をのさばらしておくはずはない。それにしても眼ざわりでしようがないから、支配人にかけあって追っぱらってしまおうということに意見が一致したが、先にたって交渉にゆくものもなく、うやむやになってしまったが、だれもいやがって、この老人が入ってくると、きこえよがしに舌うちしたり、おおげさに眉《まゆ》をしかめたりする。
ところで、剛子は、その老人をみすぼらしいとも思わないし、かくべつ気味がわるいとも思わない。どうしてみながそんなにいやがるのかそのわけがわからない。
剛子には、この老人がなにかたいへんな不幸にあったひとのように考えられ、自分のできることならどんなことでもして慰めてあげたいと思って、老人がサン・ルームの片隅などで淋しそうに坐っているのを見るとやさしく言葉をかけたり、ダームの相手になってやったりした。
すこし陰気だが、話してみると、教養のある奥ゆかしいところがあって、剛子にすれば、社交室のとりとめのない男たちとよりは、この老人と一緒にいるほうがむしろ楽しいくらいだった。
こんなことで、この老人に、いつの間にか、『キャラコさんの恋人』というひとのわるい綽名《あだな》がつけられるようになった。
三
槇子たちの組がおお騒ぎをしながら出て行ったあと、いつの間にか、『キャラコさんの恋人』も猪股氏もいなくなって、広い社交室の中にキャラコと従兄《いとこ》の秋作氏の二人だけがポツンと残されることになった。
部屋のなかは急にヒッソリとなって、
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