しまって、悩んでいるんです」
秋川は部屋のなかを歩きまわっている。カーテンに影がうつっては、また、ついと遠のく。
愛一郎を振りはなすにしても、すこしは、やさしくしてやってくれとたのんだ、秋川の情けないようすを思いだす。秋川は話の結末を案じて、椅子に落着いていることすら、できなくなっているらしい。
愛一郎は、動きまわる秋川の影を、沈んだ目つきでながめていたが、サト子のほうへ向きかえると、裾から火がついたようにしゃべりだした。
「あなたなどが、ごらんになったら、堅っ苦しい、陰気くさい人間に見えるのでしょう……むかしは元気がよすぎるくらいだったんですが、母が亡くなってから、すっかりひっこんでしまって、古い陶磁なんかばかりヒネクリまわしているもんだから、モノの言い方を忘れてしまって、たまさか、たれかに会うと、アガって、へんなことばかり言うんです……」
「あなたのパパは、よく気のつく、おやさしい方よ……アガってもいなかったし、へんなことなんかも、おっしゃらなかったわ。あなたが夕食もしないで、こんなところにひっこんでいるのを、心配していらしたようだけど……」
「あなたは、なんでも知っているく
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