ただけますまいか」
 ひどい間違い……愛一郎が久慈という家へはいりこんで、警官に追いつめられた、みじめな行掛りに触れなければ、秋川を納得させることができないが、ここまで話が詰まってくれば、だまってばかりもいられない。
「愛一郎さんが、朝まで私の家にいたなんてことは、なかったんです。もしかしたら、久慈さんというお宅に、美しいお嬢さんでもいらして……」
 秋川は、首を振った。
「久慈という家もたずねて行ったら、十七八の美しいお嬢さんが玄関へ出ていらした……そのときは、私もそう思ったが、すぐ、まちがいだということがわかった……そうまでして、おかくしになろうとなさるのに、こんなことをいうのは、おしつけがましい仕業《しわざ》ですが……」
 これ以上、曖昧にしておくと嘘になる。サト子は思いきって、キッパリと言ってやった。
「おっしゃることは、わかりましたけど、正直なところ、愛一郎さんとは、一週間ほど前、たったいちど、お逢いしただけの関係なんですから、お考えちがいのないように」
 秋川は、困りはてたように、腕を組んだ。
「このうえ、押しておねがいするかいもないわけだが、あれを振り放しておしまいになる
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