久慈という家へ遊びに行くといって家を出ましたが、翌朝、疲れて、青くなって帰ってきました。あれは、久慈なんかの家にいたのではなくて、朝までお宅にお邪魔していたのではなかったのですか?……どこもここもグッショリとぬれているので、どうしたのだとたずねると、私の手にすがって、死んだほうがいいというようなことを言いました……あなたが、相手にしてくれないので、飯島の澗へ身投げでもしたのでしょうか」
 あの日のことは、たれにも言わないと、愛一郎に誓った。サト子は目を伏せたまま、頑固に口をつぐんでいた。
「あなたは、愛一郎のような子供は、問題にもなにもしていられないらしい。美術館のティ・ルームで、お誘いしたとき、おいでくださらないだろうと、あきらめていましたが、気やすく来てくだすったので、いくらか希望をもちました……あなたが愛一郎の望みをいれて、この家で、いっしょに住んでくださるような将来があったら、どんなにいいだろうと思って、先走ったようなことを申しましたが……」
 サト子は、心にもなく笑いながら、
「ティ・ルームのテラスで、へんな女たちと仲間づきあいをしていたのを、ごらんになったでしょう。あたしっ
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