いている」のブルース……ステージに上るなり、むこうから声がかかった。
「それは、だめ。それじゃ気ちがいだ。前のウールのを、もういちど着てごらん」
「これで三着になります」
前のウールに着換え、こんどは「テネシー・ワルツ」でやる。
「それにきめよう。山岸さんへ伺うときは、そのドレスになさい。髪も、それで」
叔母は、女中にいって手提をもってこさせた。
「モデルさん、おいくら?」
「基本料、八百円、着換えが二百円ずつ二回で、四百円……髪型を変えた分が、二百円……千四百円になります」
叔母が、皮肉な調子でたずねた。
「山岸さんへ出張する分は?」
「出張手当とも、千円にしておきます」
叔母は、札をかぞえてサト子に渡した。
「あなた、もう東京へ帰る? ブラブラしても、いられないわね。山岸さんへ、近くお伺いするとお伝えしておいて」
職場
おだやかな日和《ひより》がつづき、観光季節がはじまりかけている。鎌倉八幡宮の若宮の鳥居から社頭までの、浅間《あさま》な杉並木の参道を、日焼けした地方の顔や、観光船で横浜に着いたばかりという白っぽい顔が、カメラをさげてゾロゾロ歩いている。
社殿の丹
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