子のほうへは目端《めはし》もくれず、庭の百日紅《さるすべり》の花をながめながら、大人物の風格で悠然と朝の食事をすませると、女中に食器をさげさせた。
「あなた、あたしに隠していることがあるね?」
「どういう、おたずねでしょう?」
「あなた、あたしのベッドに寝たでしょう、おとといの晩も? そして泣いたでしょう? 枕がしっとりするほど、涙をしぼりだすというのは、これゃ、ただごとじゃないわね」
 肺腑《はいふ》をつく、というのは、こういうときのことを言うのだろう。サト子は、いつもこの手でやられる。
 叔母は、じぶんだけのためにとってある、西洋種の緑色の葡萄《ぶどう》の皮を、手間とヒマをかけて丹念にむきながら、
「あたしは、あなたを、かわいいとも……好きだとも、思っているわけじゃない。ただ……」
「よく、わかっていますわ、おばさま」
「ただ、ここで、あなたがなにをしたか、聞いておきたいの」
 サト子が、だまっているので、叔母が、うながした。
「どうなの?……ここで話しにくいなら、広縁へ行きましょう、お立ちなさい」
 サト子は、ひきあげられるように座を立って、叔母のあとから広縁の籐椅子に行った。

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